

恍惚の再登竜門
わが国の名山には偉い坊さんによって開かれたものが多いが、大ていは伝説めいている。その中で記録の一番実証性のあるのは、日光の男体山である。その初登頂は、今から約千二百年前の天応二年(七八二年)三月、勝道上人によって果たされた。この登山のことは『性霊集』という古い本に出ている。...


なんか喰うかい?
勝道上人が男体山に登ったときの事は、『性霊集』の第二巻「沙門勝道山水を歴て玄珠をみがく碑」に書かれています。『性霊集』は空海の詩、碑文、願文などを弟子がまとめたものです。原文は漢文です。日本中に数多く残る弘法大師伝説のおおもととなった本です。...


ツクバヤマハレ
この恐しい山蛭は神代の古からここに屯をしていて、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間にどのくらい何斛かの血を吸うと、そこでこの虫の望が叶う、その時はありったけの蛭が残らず吸っただけの人間の血を吐出すと、それがために土がとけて山一ツ一面に血と泥との大沼にかわるであろう、それと...


湯滝のさき
湯瀧のさき、十五町ほど湖畔の道を、戦場ヶ原を一眸の下に眺められるあたりまで、道々花を摘みながら、ゆっくりと歩いた。原一面薄紫色に煙ってゐた。何と云ふ美しい眺めだらう。十八九年前の思ひでから、自分は夕闇の迫って来るのも忘れて、しばらく立ってゐた。湖水の暗い色は、冷たい戦慄を傳...